中学受験の真の価値とは

2021年1月14日

子供をよく見てあえて「何もしない」

 「小学生のうちは好きなことを思い切りやって、のびのび遊ばせてやるべきだ」とお考えの方は多いのではないでしょうか。私たちも賛成です。小学生時代に何よりもまず大切なのは、学校の行事や宿題にしっかり取り組み、友達とたくさん遊んだり、ときには喧嘩もしたりしながら社会における人間関係の基礎を身につけ、家事の手伝いなど家族の一員としての役割を全うすることだと思います。

 しかし、そうした日々のルーティーンをこなしてもなお、ほとんどの子供たちには実はまだかなりの時間と体力が残されています。そして、現状その多くは漫画やゲーム、今どきであればYouTubeなどに費やされているのではないでしょうか。息抜きも必要とはいえ、これでは大人の想い描く「好きなことを思い切りやっている小学生」のイメージとはかけはなれていて、何とも歯がゆいですよね。だからといってそこに別の習い事や塾の予定を詰め込むと、今度は子供が疲れてしまったり、さらには幅広い体験の機会や、一人で何かをぼんやりと考える時間を奪ったりすることにもつながりかねません。

 そうしたときに大切なのは、親が子供を一人の自立した人間としてあつかい、一定の距離を保ちながら見守ることです。一見ただ遊んでいるか何もしていないように見える空白の時間こそ、実は子供がその子なりに真剣に、創意工夫をもって没頭できる時間かもしれません。その間、親は親で、自分が真剣に打ち込めることをしてください。その姿は必ず子供にもプラスの影響を与えることができます。そうしてお互いプライベートの時間を確保しながら、ときには良き友人として一緒に楽しんだりするような関係性を築くことが、子供自身が主体的に何かを吸収するチャンスを生むのです。

勉強を通じてよく生きる力を身につける

 さて、そのようにして子供が自分の好きなことを見つけ、それに専念できれば素晴らしいのですが、そんな生活が一生は続かないことも一方の事実です。子供はいずれ大人になり、自分の面倒は自分で見なければならなくなります。社会人として生計を立て、今度は自分が家族を養うことにもなるでしょう。頼りにしていた親も年をとれば子供に世話される側にまわるかもしれません。そうなれば純粋に自分のためだけに使える時間はほとんど残されていないでしょう。あるいは、何らかの原因で好きだったはずのことから突然興味を失ったり、事故や経済的理由でやむをえず道を断たれることもあります。これは決して極端な話ではなく、誰にでも十分起こりうることです。

 こうした状況に慣れたり、絶望したりしてしまうとすれば、それは残念なことです。そうなる前に、こうした状況に耐えうる強さを身につける必要があります。

 そこでおすすめしたいことこそが、中学受験の勉強なのです。日常生活の身近な出来事から出発し、小学生のみずみずしい感性に働きかけることで、何気ないできごとにも興味を持ち、「当たり前」や「そういうものだ」と思われていることにも疑問を見出す目が養われます。また、漢字や計算といったあらゆる勉強の基礎となる部分を、単なる暗記や作業としてではなく、まだ余裕のある時期に丁寧に、かつ深い理解をともなって行えば、その後の吸収力を飛躍的に伸ばすことができます。そのようにして苦手なことや今まで興味のなかったことにも懸命に取り組んでみて、自分の特性をだんだん理解していくことは、自分の新たな可能性を発見する力、ひいては自ら置かれた環境を良くしていけるよう他者に働きかける力の源となります。そしてその力こそが、生きる強さなのです。

中学受験は親子で成長する機会

 中学受験は「しなければならない」ものではありません。中学校までは義務教育ですから、当然受験せずとも地元の公立校には行けます。それでも中学受験という選択をあえてするからには、親子ともにそれなりの覚悟を持たなくてはなりません。憧れの志望校に進学できるという保証は無いなかで、同級生と競いながら自分の弱さに向き合い、地道な努力を続けるのは決して楽な道のりではないからです。しかし、目標の達成へと向かうそのチャレンジこそが、子供たちのこの先の人生を豊かにするための尊い経験になると私たちは信じています。

(2022年1月浦安新聞掲載)